El Diario Del Bufón Del Rey Lear

元リアの道化による独り言とか。

あね

私は三人姉妹だけど、妹と二卵性双生児なので姉は一気に二人の妹を持ったことになる。子供の頃から子供が好きだった姉はそんなに苦労してなかった、のかもしれないけど本人に聞いたことはないので分からない。

 

長女の姉はいろいろと制限されていた。友達とのカラオケ禁止、友達の家に泊まりに行くこと禁止、ペディキュア禁止。カラオケとペディキュアはどうしたか忘れたけど、友達の家に行った時に「家に電話して、友達に代わってもらって」という母の異常なまでの過保護な態度に姉は従ったようだ。

思えば両親は大人だし、私と妹は双子だしで姉は一人になることが多かったんだろう。そのせいか姉は割と早くから大人びて自律していた。生徒会の役員をやっていたし合唱コンクールでは毎年指揮者だったし、世話好きなんだろう。

 

音楽と子供が好きな姉はサバサバを通り越してむしろがさつ、大雑把、適当。理系女子なので頭は良かったし弁は立つ。女の子らしくない女の子だったが、それでも9割は男子という大学に入って少し女らしくなったらしい。オーケストラで隣に座っていた男性から交際を申し込まれ、長年の交際を経て結婚したしね。

その結婚直後、私の心が壊れて会社を辞める騒動になった時に姉は新婚なのに義兄を置いて私のところに駆けつけてくれた。後から聞いた話だけど、姉は義兄からプロポーズされた時に「私にはメンヘラの妹が二人いる。もしもの時には貴方(義兄)よりも妹たちを優先することがあるかもしれない。それでもいいか、貴方だけでなく貴方のご両親にも聞いてみてください」と言ったそうだ。曰く、「夫となる人は選べるけど、妹は選べないから」だそうだ。義兄一家は「まあ、姉さんも大変ねえ」ぐらいで特に問題にはならなかったらしい。

いざ私が結婚して思うんだけど、私は良人にそんなこと言えるかな。言ったような気もするんだけど良人の答えは覚えていない。

 

そんな姉だけど、身体も心も弱い所があってマリッジブルーになったり血圧が低すぎて起きれなかったり偏頭痛に悩まされたりと結構大変だったそうだ。妊娠中の悪阻も結構ひどかったみたいだしね。結婚して子供を持った今はお嬢様育ちの母と価値観が違い過ぎて疲れることもあるらしい。姉のTwitterを見てると苦労してるなと思う。

 

姉も子供を持って少しは変わったんだろうか。実家と距離を置いているので分からないけど、本質は変わらずそれでも母として姉は強くなったと思う。

 

サムシング・フォーの「何か借りたもの」では、姉からネックレスを借りた。

道化的対処方法

道化的便秘の改善方法としての腸マッサージとツボ押し。

① おへそから右へ指3本いったところ

② おへそから左へ指3本いったところ

③ みぞおちとおへその間

④ おへそから右へ指2本、その地点から下へ指2本

⑤ おへそから左へ指2本、その地点から下へ指2本

⑥ 右の手首の小指側のしわから指4本下、筋の間

⑦ 左の手首の小指側のしわから指4本下、筋の間

ここまでツボ押し

⑧ 肋骨の下から骨盤の上まで体の側面を掌で上下に強めにさする

⑨ おへその上、掌一枚分ぐらいを左から右へ強めにさする

⑩ おへその下、掌一枚分ぐらいを右から左へ強めにさする

⑪ 左足の付け根あたりを出発してぐるっと大きくのの字を書くように強めにさする

ここまで腸マッサージ

⑫ おへその上指2本、12時の位置

⑬ おへその左上指2本、2時の位置

⑭ おへその左下指2本、4時の位置

⑮ おへその真下指2本、6時の位置

⑯ おへその右下指2本、8時の位置

⑰ おへその右上指2本、10時の位置

ここまでツボ押し

 

ここまでやればちょっとは出る。後は水を飲むぐらいしか……。下剤も使ったけど癖になりそうだからやめた。

年賀状

年賀状って必要なんだろうか。私にも年賀状でしかやり取りしていない人がいて、正直言ってもう縁を切りたいのだけど先輩だし無視するわけにはいかないので鬱陶しい。

 

でも。

親戚に友達と連絡することはメールやLINEが多いのでハガキでのやり取りは今時新鮮である。もう手書きは止めてしまったけどハガキを貰うのはなかなか嬉しい。自分のために時間を使ってくれているのだしね。私も義理で書かなければいけない年賀状は鬱陶しいけど好きで書く年賀状はまあいいかなあ。

 

年賀状と言えば少し話題になるのが自爆営業。実家は毎年年賀状が足りなくなるので多めに買っておけばいいと思うのだけど、それでも書く枚数は減っているからやっぱり自爆営業しないと黒字にならないのだろうか。

 

そろそろ年賀状を書かないといけないのだけど、まだ何も手を付けていない。

ナンパに遭った話

忘年会の帰り、もういい時間だったので某駅で乗り換えしようと急いでいたら突然肩を叩かれた。振り返ると湯浅弁護士を胡麻塩頭にしたような風貌の男性で「明日お茶に行かない?」と言われた。一瞬何を言われているのか分からなかった。

道化「……はい?」

男性「明日お茶飲まない? 明日」

道化「……?」

男性「明日ダメ? お茶飲もうよ」

道化「(なにこれ怖い……下手なこと言えないぞ)」

無視して逃げるのも怖かったので以前ちょっと精神に障害があると思われる人に話しかけられたことを思い出した。その時と同じ手、つまりスペイン語をしゃべって日本人じゃない振りをしようと決める。

道化「Lo siento. No puedo hablar japonés(ごめんなさい、日本語喋れません)」

男性「あれ、あ、日本人じゃない?」

道化「No, no soy japonesa(日本人じゃないです)」

男性「あー日本人じゃないのね、ハヴァナイストリップ

そこで男性は去ったんだけど、よく考えると日本語通じてるんだよね。最初の返事も日本語だったし。この男性が外国語に堪能だったらどうしたんだろう私……。耳が聞こえない振りという手もあるかもしれないけど、それをいいことに何かされるのも怖いし。

 

何も無かったからいいけど……普段のほほんと生きているから、怖い。

もしかして?※消すかもしれない

私はずっとシスヘテロだと思っていたんだけど、最近バイセクシュアルかパンセクシュアルじゃないかなと思うことがある。

小学生の頃から大学で縁が切れるまで、ずっと仲が良かった友達2人がいた。あと妹と併せて4人でつるんでいた。この3人は何があっても私が守る、そう思っていたし思春期ながらの深い話もたくさんした。性別を超えてなのかは分からないけど、私は彼女達を愛していた。

中学高校の演劇部でも仲間は大事だったし、憧れの先輩もお気に入りの後輩もいた。前の日記に書いた亡くなった先輩は独占したいぐらい好きだったし後輩も片思いの始めみたいな気分で見ていたと今となっては思う。女子校だったから疑似恋愛だったのかもしれないが。

高校3年生の時に講師で来ていた若い男性教師に憧れというか、ほのかな恋心を持っていたし良人をいれて付き合った男性は3人いるので恋愛対象に男性が含まれるのは間違いない。告白できなかった男性もいる。けれど、現実の男性に対して性的欲求を持ったことはない。望まれれば答えるっていう感じで。

で、自分の性欲はどうするかというと主に女性の体に向けられるのかなって思う。男の体にどうこうしないけど女の体には……でも触りたいかっていうと……違うのかな。

 

コスプレイヤーになってからいろんなキャラをコスプレするんだけど、女性レイヤーがしている絡みのあるキャラクターだったら……って、思うあたりキャラが憑依しているのかうざい性格なのか。

 

ちなみに、BLは好きじゃない。GLは好きだけど。BLを過剰に賛美して実際のLGBTの方々に己の理想を投影して傷つけるような腐女子は滅びればいいと思っている。

事件

自戒。忘れないように携帯のメモ帳に書いたものをそのまま転記する。

 

ーー転記ここからーー

ここのところヒステリー球っぽい症状で悩まされていた。夕方はすごく眠くなるし、便秘気味。とにかくイライラと落ち込みが激しい。
電車が遅れていたので途中駅で良人と合流した。良人は座り、私は立っていた。疲れとか甘えとかでイライラしていた。
最寄駅に着いて良人が寒いと言い出した。朝暖かかったからコートを着て行かなかったのだ。私はコートを着てマフラーを巻いて手袋を持っていたので手袋を貸した。だけど手袋は邪魔だと返された。
最寄駅から自宅までは自転車を漕ぐ。私は142cmしかないので自転車も子供と同じサイズだ。良人は179cmあるので自転車も大人用である。彼は自転車を全力で漕いで家に帰るのを常にしているが、私はダラダラ漕いでいる。1週間の疲れと良人への甘えも会って歩くより遅いスピードで漕いで帰った。良人はその様子を見て「今日は自分(良人)といたくないんだな」と判断したらしい。
帰宅して彼は自分の洋服の整理を始めた。私はさすがに帰宅中の態度が悪かったかなと思って「ご飯どうする?」と聞いたが、良人は「好きにする」と答えた。本当は一緒に美味しい物でも食べに行きたかった私はその返答にイライラして悲しくなった。そういう態度を取らせたのは私だと思うと自分が許せなくなった。
整理が終わった後も良人携帯をいじって私のことは放っておいた。私はやっぱり悲しくてイライラして家を飛び出そうとコートを着た。良人が私の様子に気付いて引き止め、上記今日の様子を説いて「この状況だと一緒にご飯食べても楽しくない」と言った。だからお互い好きにしよう、と。
私の中で何かが切れた。再び携帯をいじり出した彼に見つからないように剃刀で手の甲の親指の付け根辺りを掻きむしった。手首も少し。良人が気付いた。
もうしない、ごめんなさいと泣きじゃくる私に彼は「俺を悲しませたいのか」と聞いた。私は首を横に振った。「俺をコントロールしたいのか」「そうかもしれない」との私の答えに、「他人をコントロールして楽しいか」と聞いた。私は答えられなかった。ただ泣いてもうしない、助けてと繰り返していた。うっすら自分はアスペルガーなのかもしれない、離婚になるかもしれないと思った。どこまでも私は自分のことしか考えていなかった。良人の目から光は消えた。
彼は台所に行き、何かを考えた後鍋に水を張った。そしてそのまま風呂場へ行き、何をしているのかと心配でついてきた私に「12月のこの寒い中で水をかぶったらどうなるかな」と言った。ようやく私は今まで何をしてきたのかを悟った。良人が頭から水をかぶる瞬間、私はただ彼に抱きつくことしかできなかった。
泣いて謝る私に良人は「今まで自分(私)が何をしてきたかわかったか」と聞いた。私はただもうしないと泣いた。
とりあえず交代で風呂に入り、濡れたものを洗濯して今に至る。もし良人が外で水をかぶったら?もしマッチやライターで顔を炙ったら?包丁で自分を刺したら?私はそれらと同等のことを今までしてきたのだ。ただ自分が辛いという理由だけで。

 

ーー転記ここまでーー

 

今、辛いのはわかる。でもそれをどう発散するかは大事な問題だ。絶対に自分も他人も傷つけてはダメだ。綺麗事だけど、自分も誰かの「大切な人」なのだから。

身体を張ってくれた良人に私は一生頭が上がらないだろう。

 

クリスマス近いから

聖ヨセフと聞いてどのくらいの人がピンとくるのか分からないけど、聖ヨセフについて思うところがあるので少し。

 

聖ヨセフはイエス・キリストの養父である。養父というのはイエスの母マリアは聖霊によって身籠ったとされるからで、イエスの実父ではないから養父だという。スペイン語でヨセフはホセというんだけど、愛称ペペというのは養父padre putativoの頭文字ppからきているらしい。

で、福音書によるとヨセフはマリアが身籠った時に当然自分の子供ではないので当時の立法に則ってマリアと密かに縁を切ろうとした。ウィキペディアによると本当は公表するのが決まりだったらしいけど、密かにというところがその性格を表しているんじゃないかなと勝手に思っている。で、天使が現れてマリアのお腹の子供は神の子と告げられたことからイエスとマリアを守ろうと決意した。

 

ここで「ヨセフは天使が現れるまでマリアのことを信じられなかった」という、人間の弱さを読み取ることもできるという話を礼拝で聞いたことがある。でも私はそう思わないけどね。もしヨセフが「ばれなきゃいーじゃん」というタイプでマリアとそのまま結婚するって決めたら……立法に反していることになるしね。この立法は一応神から与えられたものだし、その立法に反するような男の妻を聖母に選ぶか? という疑問。

まあつまり、マリアのことは好きだけど神から与えられた立法に反しているから泣く泣く別れようと決意したというのはその時代正しい選択だった、と思うんだよね。そして天使のお告げによりこの状況を受け入れることを決意した。

この後ヘロデ王による幼児虐殺命令の時、ヨセフはマリアとイエスを連れてエジプトに逃げている。神の子だからというのもあると思うけど、単純に夫として父親として、妻と息子を守りたかったんじゃないかなって勝手に思っている。

 

その後のヨセフについて聖書に記述はないんだけど、どうやらイエスが受難=十字架にかけられた時、一度イエスに会っているらしい。十字架にかかった聖金曜日の次の聖土曜日にイエスは死者の国に行ったとされているんだけど、この時すでに亡くなっていたヨセフと再会したと考えられているんだって。実父じゃないけど幼少期育ててもらった恩を忘れなかったんだねイエスも、とこのエピソードを聞いたときに思ったし、ヨセフは嬉しかったんじゃないかなとも思った。

 

私はキリスト教徒じゃないけど、幼少期から思春期の頃にキリスト教に触れているからかなりの影響を受けている。私も結婚して子供のことを考える歳になり、父親が誰だかわからない子供を良人に愛してもらうっていうのはなかなか難しいと肌で感じている。今より厳しい時代なら、尚更。