読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

El Diario Del Bufón Del Rey Lear

元リアの道化による独り言とか。

最初の会社での話

最初の会社の話。

 

インストラクター制度というのがあって、新人一人一人に教育係が付くんだけど、私には2つ年上の女性の先輩Aが付いた。同じ部署の同期BにはAの同期のCがインストラクターとなった。同じ部署にAと仲良しのDという、Aと私の間の女性もいた。Aと私が同じグループ、BDが同じグループ、Cがまた別のグループだった。

 

2年目、部署の長が変わって私はAと共にグループが変わってCと同じ部署になった。代わりにBがAと私が元いた部署に行った。DはCが元いた部署に行った。

ちょうど新しい全社的なシステム変更の時期だったので、AとCはそっちの開発メインになり、私は既存システムの運用を任された。Cは私に「3ヶ月で問い合わせ対応できるようになってね」と言った。文系の私はようやく1年かけてシステムを覚えた頃だったのに、新たなシステムを理解して覚えて問い合わせ対応できるようになれって。それも3ヶ月でって。フォローがあるのかと思いきや、Cは全然フォローをしなかった。ビジネスパートナー社員が助けてくれたけど、彼らもいろいろとあった。

まずはE。EはBとDと仲良しで、Cと仕事のやり方を巡って意見が分かれていた。それからF。Fは人の話を聞かない、いわゆる狭義の意味でのコミュ障で皆から嫌われていたうえに仕事ができるタイプでもなかった。

 

ちょっと勤めていくうちに、実はCがDに告白して振られていたという話を聞いた。CはそれからDに対して冷たく当たるようになったらしい。見かねたEがDのフォローに回ったらしいけど、誰がどう見てもEはDに恋をしていた。

色恋沙汰を仕事に持ち込まれた私は、グループ内の調和を図りつつEとFと共に既存システムの対応をしていた。皆から嫌われていたので私はFとの作業を常に買って出ていた。それでグループがうまく回るなら……そう信じていた。鈍感なAはそんなこと気付かず、与えられた新しい仕事を淡々とこなし時にCを含む彼女達の同期との旅行計画を仕事中に企画していたりした。元々開発希望のCは既存システムにはほとんどノータッチでAと共に新しいシステムの仕事をしていた。私へのフォローは一切なく。EはEでDとつるんでいたし上から目線で非常に怖かった。

DはDで新人Gのインストラクターとなり、毎日楽しそうだった。GはCと同じグループだった。

 

最初の異変はゴールデンウィークだった。当時付き合っていた彼氏の前で突然泣き出した。連休が終われば仕事になってしまう、あの人達に会いたくないと泣いた。

6月に入り、Cは「最近どう?」と聞いた。「何とかシステムは覚えました」と答えると「覚えるだけじゃダメなんだよね、問い合わせ対応できるようにならないと」と言ってのけた。何のフォローもされてないのに。見かねた事務のお姉さんが上長に掛け合ってくれて、CとDの配置を交換してくれた。

 

なのに。私は体調を崩した。もともとDはシステムを大学からやっていて基本情報技術者を在学中に合格して、ソフトウェア開発(今の応用情報技術者)を1回で合格していたからどうして私がシステムに対して理解が遅いのか分からなかったらしい。そのうえDは可愛かったからちやほやされるのに慣れていてオタサーの姫状態だった。その姫気質で仕事に臨まれるから溜まった物じゃない。Eは常にDの肩を持つし、Aは相変わらずいろんなことに気付かないし。

壊れる直前、Bが「泣きそうな顔してたけど大丈夫?」とこっそりメールをくれた。

 

10月だったと思う。ある朝会社のロビーで動悸が止まらないことに気付いた。事務のお姉さんに相談して、また上長に相談した。でも、何も変わらなかった。とにかくDとEが怖かった。嫌われ者のFのお守りも限界だった。そんな中でビジネスパートナーのFは現場を変わることになり、会社からいなくなったけどFの最後の挨拶回りがうざくて私への感謝の気持ちを表したいオーラが出まくって疲れた。

やがて私は会社を休みがちになった。Cはグループが変わってから、かつてCがDへしたように掌を返すように冷たくなり基本私のことは無視。DとEはプレッシャーをかけてくるしAは気付かない。

 

11月のある日、私は当時付き合っていた彼氏が泊まりに来ていた日の朝、ODをした。これでもう会社に行かなくて済むって思った。上長に休むと電話をしたんだけど泣いてしまって当時の彼氏が電話を代わってくれた。一人暮らしをしていたので、彼は私を実家へ連れ帰ってくれた。母に医者へ連れていかれて、オーバーワークのため休職を言い渡された。

 

休職明けの3月。それでも不安定でODやリスカを繰り返していた私に、当時の彼氏は道化と付き合い、支えることはできないと別れを告げた。その日の夜私はODをした。また休職となった。

復職したのは7月だった。私はかつてDがいて、その後CもいたGのグループに配属となった。新人だったGは仕事をすっかり覚えて頼れる2年目になり、よくフォローをしてくれた。密かにインストラクターになりたいと思っていたけど、Gがインストラクターとして新人を指導していた。でもGと新人は違うグループだったからBが実質の面倒を見ていた。Cはグループどころか部署も変わっていた。AとDは相変わらずのグループだった。

 

些細なことだったと思う。仕事で行き詰って、DもEもやっぱり怖くて、支えてくれる彼も失って、私は実家から一人暮らしの家に逃げ帰って一人になり、泣きながら遺書を書いて飛び降りる決意を固めた。5階だったから死ぬ勇気さえあれば楽になれる。ベランダに何度も出た。でも、死ねなかった。

「そもそも辞めればいいんじゃね?」

そう気付いて、実家に電話した。会社を辞めると。心配した母が駆けつけようとしたけど私は母と妹を拒んだ。父か姉と話がしたかった。結局当時新婚だった姉が来てくれた。姉は休職も転職も経験者だったし、元SEだったから私に寄り添ってくれた。

 

こうして私は仕事を辞めた。後に当時の会社の誰かのFacebookでCとGが結婚したと知った。

 

ここまで書きながら、当時を思い出して苦しくなった。でも結果的に言えば給料は今までで一番良かったけど、鈍感なAやひたすら怖かったCとDとEと離れられて良かった。Bと上長とは今でもTwitterで繋がっているけどやり取りはない。FとGと元カレは知らない。

他の人から見れば本当に些細なことなんだろう。でも、狭い世界で生きていた私にとっては生きるか死ぬかだった。

 

次の会社もまたSEだったんだけど、ここで良人と出会えた。ここはシステムへのアレルギーから休職して辞めることになるんだけどね。良人は鬱に理解があるので、私を捨てずでも甘やかさずで私を立ち直らせてくれた。

そして、今がある。