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El Diario Del Bufón Del Rey Lear

元リアの道化による独り言とか。

今更だけどズートピア

ズートピアを4回見て、私なりに思ったこと。

 

① ジュディ

本編の主人公。見た瞬間に「これ私だ!!!」と思った。けど似ているのは小さいという所だけ。私はすぐに諦めるし、頑張りもしない。

思うに、ジュディはホップス一族の中では群れを全滅の危機に陥れるほどの異端児じゃないかな。新しいことをやるのは危険が伴うので、その危険は時として群れ全体を全滅に追いやることになる。そのために拷問する遺伝子があるのは有名な話で、それはジュディのような異端児を拷問して無力化することにより群れ全体の生存率を上げるためだ。

でも、ズートピアの世界ではうさぎの一族に害をなす動物は存在しないのでジュディは異端児であるけれども現代社会における異端児で、かつてのそれとは違う。ジュディは旧態依然とした両親の元から飛び出して新しい道を切り開く、女性の自立の象徴でもある。

でもジュディは自分でも言っているように見かけで判断するところがある。ニックと初めて会った時に狐だからと疑ってかかったように。もっと大きな仕事をしたいと訴えてもいるのでジュディもある意味権威主義的なところはあるのだろう。ボゴ署長に食って掛かることはあるので全部じゃないけど。

 

② ニック

ズートピア構想当初は主人公だったらしい。幼い時の経験から斜に構えるところがあるし、世間が型にはめようとするなら諦めて型にはまろうとするところもある。事件に巻き込まれて作中であわや捕まりそうになった時に「もう終わりだ」と投げ出すあたり、ジュディが型破りで諦めないのと正反対である。

ジュディがたくさんの家族に囲まれてお互いに協力しながら愛し合って成長したと思われる一方、ニックはただ狐であるという理由でいろんな差別を受けている。純粋だった子供の心を前述の型にはまって諦めるタイプになるぐらいには生き辛い世界だったのではないか。ちなみに、フクロウの賢さはwise(思慮深い)だけど狐はcleaver(ずる賢い)である。ニックはクレバーに生きようと転売屋になったのだろう。

それでもジュディと出会って諦めていた夢を思い出し、最後に詐欺師(というより転売屋じゃないかな)を辞めて職に就くあたり、ニックもまた「諦めない」タイプなのかもしれない。

 

ライオンハート

ライオンハートと言えば世界史で有名なリチャード獅子心王を思い出す。弟のジョン王(こちらのあだ名は失地王である)と反対に善政を敷いたと言われているのでライオンハート市長も多分市民に愛されるキャラだったのではないかと思うけど、ライオンの雄であるから群れにトップは1人で十分な訳だ。新たな若い雄、つまり市長の地位を脅かす存在は是が非でも隠したい。隙を見せれば群れから追い出されるのがライオンの雄の宿命だから。そのため力を誇示するためにうさぎとして初めての巡査となったジュディを利用したり、ベルウェザーを徹底的にこき使って刃向かわせないようにしている。これが裏目に出るんだけどね。

ちなみに、ニックは1973年公開のディズニー版ロビン・フッドがモデルらしい。この時のリチャード獅子心王はその名の通りライオンだった。ディズニーファンならすぐに分かったと思うけど。ライオンハート市長はリチャード獅子心王のように救世主かと思ったらそうでも無いんだね。

 

④ ベルウェザー

ライオンハート市長にこき使われているせいか、かなり鬱屈している。多分働き者で頑張って副市長になれたんだろうな。女性であり草食動物であるから多分副市長になるのは相当な努力が必要だったと思う。けれども、上を目指しすぎるあまり目的のためには手段を選ばなくなった。彼女もまた、ジュディと同じく権威主義のような気がする。

ディズニーの悪役らしく彼女もまた恐怖で支配しようと思っているんだけど、実際恐怖政治って簡単に人民を支配できるんだよね。現代だってISとかそうだし。

思うに、ベルウェザーは寂しかったんじゃないかな。頑張ってもこき使われるだけ。誰でもいいから認められたかった。一人一人の愛情の量は少なくても、数が集まれば大きくなるから。でも、手っ取り早く自分に関心を集めるには愛情より恐怖の方が早い。

 

現代社会への風刺が効いているいい作品だと思うけど、謎も残るのでまた見ようとは思う。