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El Diario Del Bufón Del Rey Lear

元リアの道化による独り言とか。

椎名林檎とこっこ。

お久しぶりです。

 

スペイン語との二か国語ブログは気が向いたらまた更新することにして。しばらく日本語オンリーで行こうと思う。

 

突然だけど私は椎名林檎とこっこが嫌いである。聞いたこともないし聞く気もないし今後聞くことも多分ないだろう。ファンの人ごめんなさい。

 

私が中学生だったか小学生だった頃、姉がこっこを聞いていたのは知っているけどそんなに興味が持てずに「ふーん」程度だった。

 

その2人が特別な存在になったのはそれから少しして。中学の時、一つ年上の演劇部の先輩Aが椎名林檎とこっこの大ファンだった。私はAが大好きで憧れていた。いや、今思えば疑似恋愛の類だったんだと思う。だから聞いてみようと思った矢先、部活の同期のBも椎名林檎とこっこが好きだと知った。

Bは部活でも一目置かれるほどの美貌と演技力の持ち主で、更にとても頭が良かった。平凡な器量のうえに演劇は好きだけど才能がない私はBがいつも羨ましかった。

AとBは部活の後、椎名林檎とこっこの話で盛り上がっていたように記憶している。はっきり言って面白くなかった。私のAを取らないでよ……そんな思いだったのかもしれない。私はBとは違った面でAに認められようと我が道を突き進んでいった。

 

私が高校1年の春、Aは突然自ら命を絶った。理由は今でも分からない。私はその一方を聞いた時も、お通夜でも告別式でも泣くことはできなかった。同じ部活の友達に「泣いてもいいんだよ」って言われるまで、目を真っ赤にしながら後輩の肩を抱いて慰めていたのを覚えている。

その当時HPを持つことが流行っていて、例に漏れず私もHPを持っていたんだけど、Bが彼女自身のHPにAのことを「一生かかっても追いつけない人」と評しているのを見て、私ははっきりと負けたと思った。Bの何に負けたのかは分からないけど、私はBに負けたのだ。私は椎名林檎とこっこを前より一層意識的に避けるようになった。

 

あれから随分時間が経った後、親友C(Cも演劇部)が「椎名林檎をようやく聴けるようになった」と言っていた。あの歌詞が思春期のCの感性と合わなかったらしいけど、思春期を終えたCには受け入れられたらしい。私はCにこっそり告げた。「私は未だにAを思い出すから椎名林檎は聴けないでいる」と。ちなみにこっこについてCが何か言っていたのは覚えていない。

 

それからかなりの時間が経った今、Aが亡くなって約15年経過した今でも私は椎名林檎とこっこが聴けないでいる。ついでに言うと、Bが今も椎名林檎とこっこが好きかどうかは聞けないでいる。

 

ちなみに、Aのことは少し良人に話したことがある。良人曰く「迷惑なことをしてくれたね」だそうだ。

そして結婚するまでAとの2ショットを飾っていた写真立てには、今良人が趣味で撮ってくれた私のピンショットが飾ってある。